昭和42年10月19日 朝の御理解


 ここの信心が始まりました椛目時代、一年祭が終わった時に記念出版御理解第一集というのがございました。その中にこういう御理解が載っとりますので、そこんところを今朝頂いたんですけれども。私のですね、私の信心はハイというハイの中から生まれておりますという御理解なんです。ハイです。
 大坪さん、ハイ、もうすきっとしたハイ。向こうの返事がやまないうちにハイを言うておるようなハイ。これは事の善し悪しとか、右とか出来るとか出来ないとかという事じゃないのですよ。もう神様のおっしゃることなら、親先生のおっしゃることならもう、兎に角ハイ。私の信心はそこから生まれているという御理解。ハイの中から生まれた信心。 ですから、それをいうと素直な心ということじゃないでしょうかね。ハイというてもそれでもというたら、これだけはハイと言われないといったようなことではなくて、善しとか悪しとかじゃない。便利になるとかならないとかじゃない、自分が右と思うとっても左というたらその左ということに対してハイ。ほんとにそれもそれこそ、これが親先生の言葉であるとするならば、親先生が大坪さん、あれあれと言われる前にもうハイを言うておるようなハイ。すきっとしたハイ。そういうハイの中から私の信心が生まれた。それが力にもなり又は徳にもなっていくことだということを今でもそれを感じております。
 もう二十年近く前のことです。初代親教会の初代の十年か十五年かの霊祭、私が北京から引き上げて帰りました一、二年後でございました。
 式年祭が奉仕されるのです。当時は善導寺の裏の方へこんもりした奥城でございました。周囲はいっぱい竹やぶになってそこに筑後川から砂を引くという二、三人の青年会の方と私を交えて砂を引きに参りました。一番最後にいっぱい石炭箱に一人一人自転車に乗せて積んでくる訳ですね。もう一回取りに行ったらいいというのでこう回れば良かったんですけど、周囲が竹薮になっておる。竹薮が切ってあったところがあった。こっちから下の谷へ向かってポンと飛んだ時に切り株が、竹の切り株に飛び降りた訳なんです。足の裏をそれこそわくわくするように、当時私思うておったんです。
 これは私のババ達の信心、昔の方達の信心はそういう意味で素晴らしかったですね。例えば、私共が転んで怪我いたしますとですね、親んツバ親んツバというてツバをつけてくれた。それでも血が止まらなかったとするとですね、お土を頂くんですね。そして金光様金光様というて血の流れておるところにねじくってくれる。これはですね、これは医学的にいうても素晴らしい土地の土の中には傷を癒す働きがあるそうですね。。
 天地金乃神様、天地の親神様と拝んでおるのですからその神様のお体を傷につけるというのですね。それで実際におかげを受けておったんですけれども、そういう信心を私はその時分に一つのあこがれを持っておったんですね。ですから、そうしてもう、わくわくする中にそのうちん中の土がここに入る、砂が入る。ちんばちんばしながら、最後に砂を取ってもう夕方でした。他の皆帰っておった。私だけが最後まで残って御用させてもらっておった。親先生におかげを頂きましてから有り難うございましたというてから、お礼を申させて頂いて帰ろうとしましたら、親先生が大坪さんお風呂に入っていきなさい、とこういうそん時に私はそれこそもう、何と申しましょうかね、それこそハイでございます。足をこげん怪我しとりますけん、湯風が入っちゃなりません。そげなもん考えん。ほんとにすきっとしたハイ、そしてこのことを通して例えば土が詰まっておる。お湯に入らせてもらう。そのお湯でおかげを頂こう。土でおかげを頂こうというのである。もうほんとに不思議なくらいですね。土が詰まったままでおかげ頂いたんです。それはもう治りが早かったんです。傷口が少しほじりがゆなってきた。いわゆる治りがけなんです。ところがです、一と月も経ちましたでしょうかね。当時私は福岡におりました。ところがそれが治りかかったところから化膿しだしたんです。膿をもってきたんですね。そしてこの傷口がいよいよ大きくなってですね、そこでその私は考えたですね。はあお土でおかげを頂くとか、お湯に入っておかげ頂くとか確かにおかげ頂いて九分九厘のところでおかげいただいたのに、ほんの僅かなところでこれがバイキンが入ったというかどうか知らんけれど化膿して大きく傷口がひあがって化膿しだした。当時北京からテラポールというこれは今もっと良い薬がございますでしょうけれども、化膿性疾患にとても良いというので内地には薬がないというので薬を薬箱いっぱいに家内が持って帰ってきとる。だからお父さんそげな辛抱しなさらんで痩せ我慢しなさらんで早うテラポールをつけなさい。化膿性疾患には一番効くとですけんつけなさいと、こういうてくれたんですけれども、そこをおかげを受けていかなければですね。
 私は神様の働きといったようなものを頂けないという気がいたしてね。お風呂でもなんでももう一生懸命傷口が水があがってお湯ですすいでおいてからお風呂に入る。金光様金光様しら真剣な金光様。それから薬をつけずにそうい気持ちにならせて頂いたらそこから段々治り出した訳ですね。はっきりおかげを頂いたことがございます。
 ですからですね、ハイと言やぁすぐおかげを頂くということではないのですよ。ね、先生がおっしゃったけんで、お風呂に入った。お風呂に入ったら湯風が入った。そうではなかった。私の場合はハイと言ってお風呂に入らせて頂いた。だからお土でおかげを頂こう、お湯でおかげを頂こう。おかげを頂いたかに見えた。九分九厘治った。しかも治るのが驚く程であった。神様の働きは素晴らしいなあと感じた。これは実感しておった。ところがそこから化膿しだした。この辺からお互いの信心が狂い出してくるのですね。もう親先生任せになっときゃよか。親先生のおっしゃることをハイハイと言うて聞きゃよか。自分の思い以上のおかげを頂いたら、はあ親先生任せになっときゃこういうおかげが受けられると、云わば九分九厘おかげを頂いた時までは思うのですけど、あと一厘のところで化膿しだした。それが傷口が大きくなった。痛みだしたということになってくると、さあテラポールがありますからテラポールをつけなさいと言やあテラポールの方に迷うたり、親先生任せになっとったのにどうしてこんなこつじゃろうかといったようなことになってくる。ここを頂き抜くというところに信心がある。その過程がです、様々だということ。ハイと言えば助かる。ハイと言えばおかげになるということじゃない。ハイと言うことによって力を頂くということなんだ。一事が万事私の信心はそうい生き方の中から現在の信心は生まれ又は育ってきておるのです。ほんとにですね。お道の信心をさしてもらい合楽に通わせて頂いたら、やっぱりほんとに馬鹿と阿呆になる稽古をしなければいけません。そしてほんとに親先生のおっしゃることはそのまま神様がおっしゃることだとしてですね。それでもこんな訳でございます。それでもこういう事情がありますということじゃなくてです。もう右左じゃない。損じゃない、得じゃない。先生がああおっしゃって下さるということをもうそれをハイというそのハイがですね。もうすきっとして損とか得じゃない。それによって例えていうならばかえって傷がひどうなってもそれを何と申しましょうかね。極端な酷な言葉で申しますならハイというてそのまま死んでしもうてもです、ね。例えば子供なら子供がです、病気いたしますとですお薬はいらんよ、医者に見せるこたあいらんよ。例えばそういう様なことを申しませんけれどもそう言うたといたしましょうか。ハイということになった。
 ところが、その子供が亡くなってしもうた。ほんとにあん時親先生の言いなさることを言うこと聞かずに医者の言うことを聞きゃこげなこともなかったろうにというところにはもう力はない。そのことじゃないのである。おかげというのは、その向こうなのだ。そこに力がある。教祖の神様の場合だってそうである。
 神様任せにななられるというところが、ほんとにきつい思いをなさることがあったり、恥ずかしい思いをなさったりすることが沢山御伝記の中には残っとります。中に ?です。長年御奉仕をなさっておられる。或る時神様からお伝えがあった。
 今日、金を拾わすとおっしゃった。お弁当をこしらえて玉島の方へ向かって行け。金光から下ってくる所に一里か二里あるじゃないでしょうかね。それから、金光様お弁当こしらえて、玉島に向かって出られた。丁度お昼になったから神様にお伺いされるとここでお弁当開けとおっしゃる。お弁当開いて頂こうかとお伺いすると、さあこれから帰れとおっしゃる。途中お金が落ちとる風もなかった。帰って御神前に出られましてから、只今帰らせて頂きましたと神様に御報告されますと、神様から今日はいかほどの金を拾ったかとおっしゃる。神様も妙な人じゃある。金拾わすというてやっとるとに金拾わせんどいて、拾わんこと神様知っといておられるのにも拘わらず、金いくら拾うたかなんて、神様拾いますもんか。一銭でん落てとりもせんじゃった。とまあ私共なら言うところでしょうね。ところが教祖様がおっしゃっておられることはですね、神様今日はもう金銭にも代えられないものを拾わせてもらいました。何をどういうものを拾うたか。今日は命を拾わせて頂いた。長年こうやって座っとりますと血の巡りも自ずと悪うなる。今日は一日歩かせて頂きまして血の巡りもようなり云わば健康のおかげを頂き、命を頂きましたというてお礼を申されとった。もうその方ばかりは試しようがないと神様はおっしゃっとられます。 
 今日は、親戚の誰それが死んだから親戚の者を連れのうてお悔やみに行けとおっしゃった。そりゃもうびっくりされたんですね。ついこの頃前迄ぴんぴんしておられた方がです。亡くなったと神様がおっしゃるのですから、それで只今神様からこういうお伝えがあったからお悔やみに行こうというて近所の親戚の方を連れのうてお悔やみにおいでられた。ところが向こうに着かれると当の本人がやあ皆さん今日はお揃いで何ですか。もうその時ばっかりはですね、云うならば、穴があるなら入りたいというような思いでおありになっただろうなとく思うのですけれども、神様がおっしゃったことだから、もう兎に角バツの悪いのであったろうけれども、帰りがけ神様は戻しの風はじゅうそうばい、もどしの風はじゅうそうばいと唱えて帰れとおっしゃった。神様ばかりはこういう恥ずかしい思いをさせてしかも私ばかりならいざ知らず、親戚の者まで親戚のものに言い訳がない。と例えば恥ずかしい思いやらなさったであろうけれども、ここんところを私は教祖の神様は神様の御教えにはもう恥ずかしい思いをするとか損とか得とかそんな思いじゃない。私の修行中にもそんなことが例がいくつもあります。
 もうへとへとになって小倉の市内をあっち行け、こっちへ行けとお伝えを頂いてから回らせてもらいよる時、この家に病人があるから取次いでやれと神様がおっしゃる。全然見も知らんところにです、どういう風にして入っていいやら分からんのですもんね。
 夏のことでしたから、ごめん下さい、入らせて頂きました。どげん言うてよかじゃ分からんもんですからね。すいませんけれど、お水一杯下さいと私は申しました。そしたら、どうぞ、水道とこのお水頂きなさい、私しゃ部屋中を見るだけで向こうはうさんくさそうに思われたでしょうね。ところが部屋の向こうの方へ布団敷いて寝てありますもん。誰かが、はあここに病人さんがあるばいなと思うてですね。どなたかお悪いとですかというて、んにゃ昼寝しとるとですといわっしゃった。したら、私はもうどんこんしよんなかですもんね。それこそ、こそこそと出たことがありました。神様は病人があるとおっしゃったから私はお取次させて頂こうと思うて参りましたけれども病人はおりませんでした。というて神様に申し上げたことがございました。そういう例は私の福岡の修行中にはたくさんあります。もう神様がおっしゃることはすらごつおっしゃるけんいうこときかんといや、そこんにき私の信心はやはりハイから生まれたと言う感じが致します。それ以前は親先生のおっしゃることに対して、ほんとに言葉の終わらん先にハイを言うておる感じが致します。段々神様からお伝えを頂くようになりましたら、神様の御教えにはほんとにそりゃもうきつい思い、苦しい思い、恥ずかしい思いそりゃもう様々でした。けれどもそのことによって恥ずかしい思いをしたとか、それによって損をしたとかということではないということ。ハイの中から生まれてくるもの、それが力なんだ。そこに神様の御信用が頂けてくる。それがお徳になるのだ。お互いが様々な問題を持っております。その問題を右か左かお伺いをさして貰うということはそれは必ずおかげになりますという意味じゃないということだからうかつにお伺いされん、ということではなくてです、神様の仰せのままに仰せ通りに仕まつりますというようにです、私は信心が神様を私共の間にできて来た時にほんとに親であり子であり、親先生であり云わば師匠であり弟子であると云ったようなものが通うてくるのじゃなかろうかと思うのです。お互いが神様の前に本気でひとつすきっとしたハイが言えれる信心を頂きたい。そのハイの中から皆さんのこれからの信心が生まれてくる。そこに力がある。頂けれる。そこに神様の御信用もついてきてお徳にもなってくる。おかげは受けられると思うのですよね。  どうぞ。